物事には決まったものを決まったタイミングで添えなければならないものがある。
カレーと福神漬け、納豆とカラシ、パンとバターと。この手の例は枚挙に暇がない。
それは敷かれたレールにして最上の組合せ、まさに王道の名を冠するに相応しい。
だがかかる取り合わせ何も食べ物に限った話ではないのだ。それは人とのやり取りにも顔を出す。
「俺やらねーぞ」「じゃあ俺が」「いやいや俺が」「え、じゃあ俺も…」「どうぞどうぞ」
これである。まさに伝統芸能!様式美!
振る→乗る→オチの完成された三段論法、則ち流れに誘った瞬間オチが確定するのだ。
そこに新しい笑いはないが、なんとも言えない悦びと安心感があることに今更言及するまでもないだろう。
しかしかかる一連のやり取りをリアルで再現するのは中々に難しい。況して即興となれば成功率は地に落ちてしまう。
最低でも振り手と乗り手の息があい、出来れば盛り上げ役がいなければそこには悲劇が訪れるであろう。
「私だ」「え?^^;」
こんなシチュエーションから無傷で生還する猛者がいるならば私は喜んでひれ伏し崇め奉ろう。はっきり言って私なら死ぬ。完膚無きまでに圧倒的死を遂げる。遺書書き残して悟りきった笑顔を携え、喜んで主の元へ召されていくレベルだ。
やはり、
「私だ」「お前だったのか」「また騙されたな」「暇をもて余した」「神々の」「「遊び」」
までキメてこそである。
上記の事柄を知った上で以下を読み進めて欲しい。
私は正直なところ、この手の"お決まり"がこの上無く好きだ。これが上手くいくだけで仲間意識すら持つ。
中高時代には色んな人といつくもの鉄板ネタを作ったし、妹とさえも、端からは狂気の沙汰に見えるが恐ろしくテンポの良い、言い尽くすのに優に1分はかかる合言葉を作ったこともある。
最早私の性なのだ。なんか無意識に振ってしまう。
だがしかし、時は既卒後、この魔境・ホグワーツにそんなノリよく全力でネタやってくれる人は皆無だし、それどころか大部分は、割と完成度高いことしてもやんわり受け止めて微笑みながら流す、自尊心と羞恥心を味方につけた、通称:道化破壊者(ボケデストロイヤー)なのだ。
分かってる、分かってるんだよ、それが一般だってことぐらい!私だって!!
でももし日の出づる京大も同じ位常識と恥の意識を持った一般的な紳士淑女の集まりなのだとしたら、私は浮いた人間ルートを邁進する羽目になる。
UT「俺のターン!ドロー!一般人!ドロー!一般人!ドロー!一般人!一般人!一般人!」
海「もうやめて!らっこのライフはとっくに0よ!(涙)」
キラキラ文系学部狙いじゃなかったことだけが唯一の救いか。
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